プロフィール

初めまして、東大生ネット起業家の山下雅宏です。

東大生っぽくないといわれるので、
一応、ウソではないことを示しておきます。

学生証

僕はもともと東大の理系大学院生でした。
ただ、大学院の卒業を待たずして退学しました。

僕がこの結論に至った経緯をひもとくには
僕の心に染みついた「ある不安」について
語る必要があります。

第1章 両親の離婚

幼少期の僕の家庭はごく一般的な家庭でした。

サラリーマンの父に、専業主婦の母、男3人兄弟で
月に一度程度外食でレストランに行き、年に数回は車で遠出をしました。

僕は少年サッカー団に入っていたのですが、週末の試合で
時たまある、ゴールを決めると、その日は家族でお祝いということで、
普段よりも少し豪華な外食の日になりました。

「自分のゴールのおかげで今日の外食がある。」
それがヒーローになった気分をより感じさせてくれました。

また、男兄弟なのでよく喧嘩はしました。
実は僕は双子なのですが、もう一方の兄弟とは
勉強にしても、ゲームにしても常に競争で喧嘩ばかりでした。

そして、その度に母にはこっぴどく叱られましたが、
双子の競争意識というものはすごいもので、
おかげでゲームや勉強に関しては周囲に敵なしでした。

そんなどこにでもある、ごくありふれた一般的な家庭でした。

しかし、僕が小学校4年生頃から家庭が壊れ始めました。
父が母に暴力を振るい始めるようになったのです。

来る日も来る日も、家に帰ってくるやいなや母に罵声を浴びせていて、
「早く家から出ていけ」と叫びながら、殴りかかっていました。
母が泣き叫んでいたのを見て、僕たちはビクビクと怯えていました。

ある日、母が頭部から流血して、救急車を呼ぶ騒ぎにまでなりました。
幸い大きな怪我ではなかったので、その場で応急処置をするだけで済みましたが
目の前で血を流している母を見た光景に僕は動くことさえできませんでした。

その一年間は夜になるのが苦痛でした。
父が帰ってくると家の空気が凍り付くからです。
その頃の父は僕にとっては恐怖そのものでした。

そして、ある日母が言いました。
「来週この家から逃げよう。。。」

ちょうど、翌週に父が趣味のマラソンでホノルルに
出かけることになっており、1週間ほど家からいなくなることが
前々からわかっていました。

そのため、母はそこで夜逃げをすることを決めていました。
父にそのことがバレないように細心の注意を払い、
アメリカに出発するのを玄関で見送りました。

そして、その日僕たちは夜逃げしました。

その後、両親の離婚は成立し、母と兄弟3人で暮らすことになりました。

第2章 母子家庭の生活

僕たち4人は小さなアパートで暮らし始めました。

お世辞にも奇麗とは言えないアパートで、
玄関の扉はトイレの扉かと思わせるくらい心もとなかったです。

数か月後に父に家がバレてしまい、
ドアが壊されそうになった時は今までの恐怖がよみがえりました。
その後、何度もその悪夢を見るほど強烈な出来事でした。

母はもともと専業主婦だったのですが、家計を支えるため、
家の近くのパン屋でパートをはじめました。

しかし、当然のことながら家計は苦しかったです。
母がパン屋のパート終わりに、残り物のパンを持って帰ってきて、
主食に使えたのは家計にとって大助かりでした。

外食に行くのも年に数回程度、家族旅行のような
贅沢らしい贅沢はそれ以降10年間以上していないと思います。

そのころから「お金がないという不安」が漠然と心に染みついてきました。

それが染みついてか、今でも贅沢をするのに罪悪感を感じます。
経済的な不安がどうしても頭をよぎってしまうからです。

ただ、そんな中でも母は僕たちに心配をかけまいと、
高校受験や大学受験をするための塾を普通に通わせてくれました。

今思えば、年に数十万円もかかる塾の費用のことなどを
おくびにも出さずにいらるのは相当すごいことだなと感じます。
今でもそのことには非常に感謝しています。

ただ、その分、母は自分にお金を使うことはほとんどありませんでした。
「贅沢をする余裕なんてない。」
そんな雰囲気がひしひしと伝わってきたのを覚えています。
(そのうち、母には贅沢をしてもらえるように返せればと考えています。)

こういった雰囲気を肌で感じていたため、母子家庭になって以降、
無意識的に「お金のない不安」というものが心を覆っていました。

そのため、それ以降の僕の行動の選択基準は
「将来、お金の不安を抱えない」ような行動を
第一優先事項として自然に選ぶようになっていました。

「将来お金の不安を抱えたくない。」
高校生となった僕は良い大学に進むことが将来の安定につながると思い、
愚直に勉強したのは当然の流れでした。

目指したのは日本の最高学府の東京大学。
ここに入れば、将来は安泰だろうと思って、ひたすら努力をしました。

365日起きている時間は基本的に勉強をする。
受験勉強を始めた高校2年の夏以降はほとんど遊びませんでした。

現役時代の受験直前は精神的に病んでいました。
全力を尽くしているのに、結果が遠く合格の可能性はほぼありませんでした。
そして、結果はまさかのセンター試験での惨敗。

その一方で双子の弟が現役で東大に合格という結果となり、
どうしようもない気持ちになりました。

その後、数日間は何も手につきませんでした。

そんな落ち込んでいる僕に
母が「もう一年頑張ってみたら」と言ってくれた時、
僕の涙は止まりませんでした。

母は普段勉強に対して口出しすることはありませんでしたが、
ずっと陰から支えてくれていたのをその時しみじみと感じました。

そして、一年間の浪人を経て、見事東大に合格することが出来ました。

第3章 東大に入っても消えない不安感

何年も努力して目指していた東大に入ったことで、
「これで将来への不安がなくなる!!」
僕はそう思っていました。

ただ、東大に入ってもお金に対する
漠然とした不安感はなくなりませんでした。

ちょうど大学1年の秋ごろにリーマンショックが勃発し、
東大生でも就職先が見つからないという話を多く聞くようになったのです。

僕の不安は再び大きくなりました。
「このままでは良い就職すらもできないし、
もし、良い会社に入っても、使えなければ首を切られてしまう。」
そんな気持ちから、いてもたってもいられなくなりました。

そのため僕は自己投資をするのが、将来の安定のためだと思い、
多くの自己投資を実践してきました。

まず、一番重視したのが英語を話せるようになることでした。
英会話学校に通い始めたのですが、その学校は年会費制で
行きたい放題だったので1年半で90分の授業を800回以上受けていました。
ほぼ毎日、英会話学校に入り浸っていました。

この英会話学校に毎日入り浸っている理由は、
もちろん英語の勉強のなるからというのが一つの理由でした。

教育の質は僕の理想以上のものだったので、
おかげで英会話は満足のいくレベルまで成長しました。

ただ、この英会話学校に入り浸っていた理由はもう一つあって、
単純にその場が好きになっていたからです。

毎日行くと、いつも来ているメンバーがいて、
授業の間にはメンバーズスペースでみんなと談笑をして、
大学以上にコミュニティーとしてのその場が好きでした。

そして、この時期は非常に自由でいられたのも一つ大きかったです。
東大は入るまでが大変ですが、一度入ってしまったら進学するのは
非常に簡単で、テスト前に過去問を3年やればほぼ同じ問題が出ました。

そのため、僕は授業にはほとんどでることはなく、
自己投資の勉強をしながらも自由に過ごしていました。

僕はこの自由で充実した日々の中で、
・お金の不安を抱えることなく
・自由に時間を使えて
・多くの友人に囲まれている
こういった状態が一番人間として幸せなのだろうと思い始めました。

この数年間は人生の中で一番楽しい日々でした。

しかし、
そんな自由で楽しい生活が研究室に入る4年生で一変しました。

第4章 研究室はブラック企業

僕はいつものように将来安定しそうという理由で
薬学部に進学していました。

しかし、その選択が完全な間違いでした。
研究室は、学校というよりはもはやブラック企業でした。

最低朝10時から夜10時までいるのが最低ライン。
9時ごろ帰ろうとすると、周囲から「えっもう帰るの!?」という無言の圧力。

月から土曜まで週6で毎日12時間研究し、毎日帰宅は深夜1時ごろ。
そして給料は0円、というか逆に学費を年間50万も払っている。
正直ありえないですよね。

そして理系での就職は基本的に大学院の卒業が前提なので
最低でも3年間はこの生活が続くということでした。

自分は間違った環境に来てしまった
と後悔しました。

将来、会社に入れば40年近くもこのような状況が続くというのは、
たとえお金があっても耐えられないと感じたのです。

「このままいくと、社畜になってしまう!!」
そうした将来への不安を感じていました。

自由で楽しい生活から一転、自由が全くないく辛い日々の生活。
「もっと自由に生きたい!!」
という思いが次第に強くなりました。

研究室生活も何とか1年間が過ぎていったが、
日に日に研究が嫌になり、気持ちが滅入ってしまっていました。

そのため、僕は薬学系以外の就職活動に力を入れ始めました。
しかし、薬学系でない分野での就職活動は研究室の先輩の
格好の餌食になりました。

就職活動で抜け出すたびに、先輩には逐一呼び出されました。
「お前が抜け出しているのはちゃんとチェックしているからな!」
僕は徹底的に先輩にマークされていました。

そして、ある日その先輩に「お前は週7で働け!!」という命令を下されました。

研究生活の精神的・肉体的な疲労がピークに達しており、
この一言で僕の中の何かが切れてしまいました。

その後、幸いすぐに内定先が決まり、
大学院であれば中退しても問題ないと言ってもらえ、
名義上は休学でしたが実質中退することに決めました。

もし、この会社に拾ってもらえなければ、
その後どうなっていたかは想像したくないです。

第5章 休学をしてみて感じたこと

休学してまず思ったことは、
何かに縛られている感覚がなくなったことでした。

今まで研究室にいた時は、「研究をしなければ」と
何かに囚われたように感じていたのですが、
その枷が外れたような感覚になりました。

この枷はなんだったのかというと、やはり
根本的には経済的な不安というものであったと思っています。

よく考えてみると、今まで抱えてきた、誰かに縛られているような
感覚の原因はすべて漠然とした経済的な不安によるものでした。

大学受験で東大を受けたのも、結局はいい会社で安定するため。
自己投資をして成長しようとしていたのも、首を切られないようにするため。
研究を一生懸命していたのも、いい就職先に行くため。

就職先が決まり、研究室もやめて、何も縛られることがなくなった。
その時の解放感は今でも覚えています。

それ以降は自分のやりたいと思った勉強や仕事だけをしました。
最初はIT系のインターンバイトに参加していました。

自分がやりたいと思ったバイトだったので、毎日が楽しかったです。
会社に行くのが楽しみで朝10時から夜10時まで仕事をしていました。
というか、内容は仕事なのですが、僕の心は遊んでいるのと同じ感覚でした。

時間があっという間に過ぎていって、
気づいたらもう夜の10時になってしまう毎日でした。

もっと仕事をやりたいと思いながらも、
次の日に支障が出るため帰るという感覚を毎日味わっていました。
こういった感覚で仕事ができるのが一番幸せなのだろうと思っています。

いい意味で遊びの感覚で仕事ができたのも
経済的な不安がなかったからです。

学校をやめ、時間が大量にあったので
他にも家庭教師などのバイトをしており、
この仕事を辞めても生活にかなりの余裕がありました。
このインターンバイトはお金無しでもやっていたと思います。

この時に、本質として気づいたのが、
仕事を楽しむ一番の秘訣は
”金のために働く必要のない状況を作る”ことでした。

残念ながら、
そのインターンは会社の都合により辞めることになったのですが、
続けられるのであればずっと続けていたと思います。

第6章 ネットビジネスで作る理想の世界

その後、僕はネットビジネスに出会いました。

ネットビジネスは自分一人で自由にでき、
収益性も十分余りあるものであって、
僕の抱えていた漠然とした「経済的な不安」「社畜の不安」
を解消するのに、この上ないビジネスでした。

そして、僕はこのネットビジネスを通して、僕と同様に
漠然とした「経済的な不安」「社畜の不安」を解消し、
金のために働く必要のない人、仕事をしたくないならしなくてもいい人を
増やしていこうと思っています。

サイドでお金をしっかりと稼いでおいて、
本業の仕事は、自分のやりたいことを
お金とは関係なしに楽しみながらやる。

もし、仕事をしたくないのならやらなければいい。
そういった人達を増やしたいと考えています。

ほとんどの人が、経済的な理由から仕事をしていると思いますが、
お金の為というものに縛られてしまうとどうしても仕事をやらされている
という感情が出てきてしまいます。

仕事が人生のすべてだと
仕事がつまらないと人生はつまらないものになります。

なので、人生の一部として
仕事があるような人が増えるといいと思っています。

最終的には、僕が英会話学校で経験した空間を
ネットビジネスに応用して作っていきたいと思っています。

・お金の不安を抱えることなく
・自由に時間を使えて
・多くの友人に囲まれている
こういった空間が人を幸せにすると思っているので、
このようなコミュニティーを作っていこうと思っています。

経済的不安という心の枷から解き放たれて、
自分の人生を自分でコントロールする仲間を増やし、
声をかけたらすぐに集まれるような
そういった集団を作ることが僕の理想とする未来です。

そこには
仕事だからスケジュール的に無理という人はおらず、
仕事がつまらないと愚痴を言う人もおらず、
心の底から仕事や遊び、人生を楽しんでいる、
そういった幸せな集団がそこにはあります。

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